白い部屋

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愛にオープンであり続けること - パウロ・コエーリョのE-CARDSより

愛にオープンであり続けること
2009/1/14
パウロ・コエーリョ

深く愛する相手を非常に助けたくても、何もできそうもないと思うときがある。近づけなかったり、その人が連帯と援助の行為を遮断していたりするどちらかの状況において。

だから、私たちが残したのは愛だけだ。全てが役に立たないとき、それでも私たちは愛することができる。何の見返りも、何のやりとりや感謝も期待することなく。

このように行動することができるなら、愛のエネルギーは私たちの周りの宇宙を変容させ始める。
このエネルギーが現れるとき、あなたは常に自分の仕事を成功させている。

「時間は人を変えない。意志の力は人を変えない。愛が人を変えるのだ。」とヘンリー・ドラモンドは言う。

新聞で、両親にひどく殴られたブラジリアのこどものことを読んだ。結果として、彼女は体を動かすことも話すこともできなくなった。

彼女は、基幹病院に収容され、看護師によって世話された。その看護師は毎日彼女にこう話しかけた。:「愛していますよ。」医師は、彼女の耳は聞こえておらず、看護師の努力は無駄だと断言したが、看護師は繰り返した。「愛しています。それを忘れないでね。」

3週間が経ち、こどもは動けるようになった。4週間後、彼女は話し始め、また笑えるようになった。看護師はインタビューを受けることがなく、新聞は彼女の名前を公開していなかった。しかし、ここに記録しよう。愛は偉大な癒し手だということを、私たちが決して忘れないために。

愛は姿を変え、愛は癒す。しかし、時に、愛は致命的な罠を仕掛け、完全に降伏することにした人物を破壊してしまう。
その深いところにあるものが、私たちが生き、もがき、物事を改善しようとし続ける唯一の理由であるという奇妙な感情は何だろう?

それを定義しようとするのは無責任だろう。なぜなら、他の人と同じように、私にできるのはそれを感じることだけだからだ。数千冊の本がそれについて書かれ、劇場で演じられ、映画が作られ、詩が書かれ、木や大理石に彫刻が彫られる。それでもなお、それらすべてのアーティストが伝えられるのは、感情のアイディアであって、感情そのものではないのだ。

しかし、私は学んだ。この感情は小さなものの中に存在し、私たちのとれる最も小さな態度でそれ自身を顕現するので、私たちは、行動するときも行動しない時も、常に心に愛を持っているべきなのだ。

電話をとり、先延ばしにしてきた愛情のこもったの言葉を口にする。ドアを開け、私たちの助けが必要な人を招き入れる。仕事を受ける。仕事を辞める。先延ばしにしてきた決定をする。心安らかにいられない、犯した過ちを謝罪する。持っている権利を主張する。花屋と取引を始める(宝石屋との取引より重要だ)。愛する人が遠くにいるときは大音量で音楽をかけ、そばにいるときはボリュームを下げる。「イエス」「ノー」の言い方を知っている(愛は人間のエネルギーの全てを含むからだ)。ふたりで練習できるスポーツを発見する。どんな指示にも従わない、この文章にリストされた指示さえも。愛は創造性を必要とするからだ。

このどれもが不可能な時、残るは孤独だけという時、その時は、前に読者が私に送った物語を思い出して欲しい。:

バラが、ミツバチの友人を持ちたいと日夜夢見ていたが、彼女の花びらに止まってくれるものは誰もいなかった。

しかし、花は夢を見続けていた。:いくつもの長い夜の間、彼女は、たくさんのミツバチが彼女の方に飛んできて、やさしくキスしていくれる空を想像した。このようにして翌日まで持ちこたえることができると、彼女は再び日光に対して開いた。

ある夜、月がバラがどれほど孤独を感じているかを知って、彼女に尋ねた。:

「待ちくたびれませんか?」

「きっとそうでしょう。でも、私は戦い続けなくてはならないのです」

「どうしてですか?」

「開かなければ、私は枯れてしまうのですから。」

孤独が全ての美を壊すように思えるとき、抵抗する唯一の方法はオープンでい続けることだ。

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