白い部屋

あなたと宇宙を泳ぐ

勝者はひとり立つ:第10章 - パウロ・コエーリョのE-CARDSより

拙訳

勝者はひとり立つ:第10章
"The Winner Stands Alone" Chapter 10
2009/2/27
パウロ・コエーリョ

水着を持っていたとしても、海岸近くに辿り着くのは難しいと彼は気付いている。大きなホテルが浜辺の広大な土地の権利を獲得しているらしく、そこを彼らのチェア、ロゴマーク、ウェイター、警備員で埋め尽くしている。警備員はあらゆる入り口にいて、部屋の鍵か何かの身分証明を客に要求する。他の場所は巨大な白いテントに占領されていて、そこではビール工場や化粧品会社などの業者が、「ランチ」と呼ばれるところで最新の製品を発売する。「普段着」というのが、ベースボールキャップ、明るいシャツ、男性用の淡い色のズボン、ジュエリー、ルーズな上着、女性のバミューダパンツや踵の低い靴のことなら、ここにいる人々は普段着を着ていることになる。

濃いサングラスは男女共に定番だ。素肌は少ししか露出しない。スーパークラスはもう年を取り過ぎているため、そのような露出は非常識か、むしろ痛ましく思われるからだ。

イゴールは他のあるものに気付いた。それは携帯だ。ファッションの中で最も重要なものだ。

メッセージや着信をひっきりなしに受け取ることは不可欠だった。どんな会話でも中断して不急の呼び出しに応答し、終わりのないSMSのテキストを入力しながら立ちあがれるようにするためだ。彼らは皆、SMSがショート・メッセージ・サービスの頭文字だということを忘れてしまい、キーパッドをタイプライターであるかのように使った。それは遅くて、ぎこちなくて、親指に深刻なダメージを与えかねない。だが、何が問題か?まさにその瞬間には、カンヌだけでなく世界中の空がメッセージで満たされている。「おはよう、愛しい人。僕はあなたのことを思いながら目覚めた。僕の人生にあなたがいてくれてとても嬉しいよ」とか、「10分以内に家に着きます。昼食を準備して私の服がランドリーに送られたか確認してね」とか、または「このパーティーは盛り上がっていないけど、他に行く所がないの。あなたはどこにいる?」というような。
書くには5分かかり、話すにはたったの10秒だが、それが世界のやり方なのだ。イゴールは、これについて全てを知っている。電話はもはや単に他人とコミュニケーションをとる方法ではなく、希望の糸であり自分が孤独ではないと信じる方法で、自分がどれだけ重要かを他人に示す方法だ。そのおかげで彼は何億ドルも稼いだのだ。

そして、それは世界を完全な狂気に導いていた。月わずか5ユーロで、ロンドンで作られた独創的なシステムを介し、コールセンターが3分ごとに標準メッセージを送ってくれる。印象づけたい相手と話す予定がわかったら、特定の番号をダイヤルしてシステムを起動させるだけだ。メッセージの受信音が鳴り、あなたはメッセージを選択してそれを開き、さっと読んでこう言う。「ああ、これは待てるな」(もちろん待てる。つまり、それは指示に応じて書かれたものだからだ)。こうすると、あなたが話している人物は自分が重要人物だと感じ、自分はとても忙しい人物の面前にいるのだと認識するので、物事はより早く進む。3分後、会話は別のメッセージに中断されプレッシャーが高まる。サービスのユーザーは、15分間電話をオフにする価値があるか、または本当にこの電話をとらなければいけないと嘘を言って不快な連れから逃れるか、決めることができる。

あらゆる携帯電話の電源がオフにされなくてはならない状況はひとつだけだ。正式な食事でもなく、ゲームの最中でもなく、映画の大切な場面でもなく、オペラ歌手が最も難しいアリアを試みている間でもない。そのような状況で誰かの携帯電話が鳴りだすのは、誰でも聞いたことがある。自分の電話が危険かもしれないと人々が心から心配するのは、飛行機に乗っていつもの嘘を聞くときだ。「機内システムに干渉する怖れがありますので、飛行の間、全ての携帯電話のスイッチを切って下さい」。私たちは全員これを信じ、客室乗務員の言う通りにする。

イゴールはこの神話がいつ作り出されたのか知っていた。
もう何年間も、航空会社は、乗客が座席の電話を使うよう説得するのに最善を尽くしていた。その値段は1分につき10ドルで、携帯電話と同じ送信システムを使用する。戦略はうまく行かなかった。だが神話は残った。というのも、離陸前に客室乗務員が読む注意事項のリストからその警告を取り除くのを、彼らが単に忘れていたのだ。
誰も知らないことだが、フライト毎に常に少なくとも2、3人の乗客が携帯電話の電源を切り忘れている。また、ラップトップは携帯とまったく同じシステムのインターネットにアクセスする。そのせいで空から落ちた飛行機は、まだ世界中のどこにもないのだ。

目下の事情では、航空会社は乗客を過大に不安にさせることなく、価格を下げず、警告を修正しようとしている。フライトモードにできる携帯である限り、あなたは携帯電話を使える。そのような携帯電話は4倍もの値段がする。「フライトモード」が何かということを説明した人はいないが、これに取り込まれるのを選ぶかどうかはその人次第だ。

イゴールは歩き続ける。女の子が亡くなる前、最後に彼を見たときの目に悩まされるが、それについて考えないことにする。

警備員、濃いサングラス、ビーチのビキニ姿の女性が増し、「ランチ」に出席する淡い色の服とジュエリーが増し、その朝何かとても重要なことをしなければならないかのように道を急ぐ人々が増し、何か珍しいことを写真に撮るという不可能な任務を持ってコーナー毎に待ち受けるカメラマンが増す。フェスティバルで何が起きているかについての雑誌とフリーペーパーが増し、白いテントのランチに招待されていないかわいそうな人々にチラシを配る人たちが増す。
チラシが宣伝しているのは、クロワゼット大通りで起きていることが少ししか耳に入らない、何もかもから遠く離れた丘の頂上のレストランだ。そちらでは、フェスティバル期間のためにモデルがアパートを借りていて、自分たちの人生を永遠に変えるオーディションに呼び出されることを願っている。

すべてはまったく驚くことではない。すべてはまったく予想できる。今、イゴールがそれらのテントのひとつに入るとすれば、誰も彼の身分証をあえて求めないだろう。まだ時間は早く、宣伝会社は誰も来ないことを怖れるだろうから。だが事の進み具合によっては、30分以内に、美人で同伴者のいない女の子だけを中に入れるようにと、警備員は明白な指示を受けるだろう。

やってみようか?

イゴールは自分の衝動に従う。どのみち、彼には任務があるのだ。ビーチでなくプラスチックの窓がついた広大な白テントに続く階段を、彼は下りる。空調と白いチェアとテーブルがあり、ほとんど空だ。警備員の一人が、招待状を持っているかどうか彼に尋ねる。彼は持っている、と答え、ポケットを探るフリをする。赤い服を着た受付スタッフが、手助けがいるかどうか尋ねてくる。

彼は自分の名刺を出す。それには、彼の電話会社のロゴマークがあり、彼の名前イゴール・ヴァシロヴィッチ、社長、と記されている。自分の名前がリストにあるはずだが、ホテルに招待状を忘れたに違いないと彼は言う。つまり、彼は連続で会議に出ていて、持ってくるのを忘れた、と。受付スタッフは彼を歓迎し、中に招く。彼女は服装で人物を判断することを学んだのだ。そして「社長」というのは世界中で同じ意味だ。その上、彼はロシアの会社の社長だ!裕福なロシア人がどれほど自らの富を見せるのを好むかは誰もが知っている。リストをチェックする必要はなかった。

イゴールは入場し、まっすぐバーに向かう。ーそのテントは非常に設備が整っている。ダンスフロアまであるのだー。彼はパイナップルジュースを注文する。それが雰囲気に合っているためだが、もっと重要なのは、小さな青い日本傘で飾られたその飲み物に黒いストローがついていることだ。

彼は、空いたたくさんのテーブルのひとつにつく。何人かの人の中に50代の男がいる。ヘナ染めしたマホガニーブラウンの髪、偽物の日焼け、永遠の若さを約束するジムで磨かれた体。裂けたTシャツを着ている。他の2人の男と座っていて、2人とも申し分のないデザイナースーツを身につけている。その2人の男がイゴールの方を向く。イゴールはすぐに顔を少し背けるが、濃いサングラス越しに観察し続ける。スーツの男はこの新しく到着した人物が誰かを見極めようとし、そして関心を失う。

しかし、イゴールの関心は高まる。

彼の2人のアシスタントは定期的に電話に応対しているけれど、その男は携帯をテーブルの上に持ってもいない。

この趣味の悪い服装の横柄な奴は、テントに入場を許可され、携帯電話の電源はオフにしている。ウェイターが来て何か要るかどうかを尋ね続け、彼は返事すらせずただウェイターを追い払う。これらを考慮すると、彼は明らかに非常に重要な人物だ。

イゴールはポケットから50ユーロ紙幣を取り出し、テーブルの配膳を始めたばかりのウェイターにそれを渡す。

「色あせた青いTシャツの紳士は誰ですか?」とイゴールは尋ね、他のテーブルの方をちらりと見る。

「ジャビッツ・ワイルドです。彼はとても重要な人物です。」

素晴らしい。ビーチの女の子と同じくらいの影響力しかない人物の後は、ジャビッツ・ワイルドのような人物が理想的だ。彼のように有名ではないが重要な人物が。誰がスポットライトに当たるべきかを決定する人々のひとり。正確に自分が誰であるかを知っているため、外観はそれほど気にする必要がないと感じている人々のひとり。彼は糸を引くことを担当し、操り人形は自分が地球上で最も特権的で羨望を受けていると感じる。ある日、何らかの理由で人形師が糸を切ることを決めると、人形は落下し、生命を失って無力になる。

彼は明らかにスーパークラスのメンバーだ。つまり、偽の友人やたくさんの敵がいるということだ。

「もうひとつ質問があります。より偉大な愛の名において、宇宙を破壊することは受けいれられるますか?」

ウェイターは笑う。

「あなたは神ですか?それともただの同性愛者ですか?」

「どちらでもないです。だが、答えてくれてありがとう。」

 

 

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