白い部屋

あなたと宇宙を泳ぐ

勝者はひとり立つ:第11章 - パウロ・コエーリョのE-CARDSより

拙訳

勝者はひとり立つ:第11章
"The Winner Stands Alone" Chapter 11
2009/3/3
パウロ・コエーリョ

その質問はするべきでなかったと彼は気付く。第一に、彼がやっていることを正当化するのに、誰の支援も必要としないからだ。彼は、誰でもいつかは死ぬのだから、より偉大なものの名において死ぬべきだと確信していたのだ。男が部族の仲間を養うために自分自身を犠牲にしたときにも、処女たちが龍や神の怒りを鎮めるために司祭に引き渡されたときにも、それが時の始まりから行われてきたやり方だ。第二の理由は、彼は自分に注意を向けてしまい、隣のテーブルの男に関心があることを示唆したからだ。

ウェイターはきっと忘れるだろうが、不必要な危険を冒す必要はない。このようなフェスティバルで、人々が他の人について知りたがるのはごく普通のことで、そのような情報に謝礼が支払われるべきなのはさらに普通のことだ、と彼は自分に言い聞かせる。彼は、同じことを世界中のレストランで数えきれない程やり、他の人は疑いの余地なく彼に対して同じことをやった。ウェイターは、名前や良いテーブルを提供するため、または慎重な伝言を伝えるためお金をもらうことに慣れているだけではなく、ほとんどそれを期待している。

いや、ウェイターは何も覚えていないだろう。イゴールは、次の犠牲者がまさに目の前にいることを知っている。それが成功したなら、そしてウェイターが訊かれたなら、彼はこう言うだろう。その日あった唯一の変わったことは、男が彼に、より偉大な愛の名のもとに宇宙を破壊することが受け入れられるかどうか尋ねたことだけです、と。彼はそれほど覚えてもいないだろう。警察が尋ねる。「彼はどんな様子でしたか?」ウェイターは答える。「正直な話、それほど注意を払っていなかったのですが、彼がゲイではないと言ったことはわかります」。バーに座り、奇妙な理論と、映画フェスティバルの社会学の複雑な分析のようなものを取り上げるフランスの知識人に慣れている警察は、静かに事態を放置する。

けれども、何か他のことがイゴールを悩ませていた。

名前があるか、ないか。

彼は以前人を殺した。ー武器と彼の国の祝福によって。何人殺したか知らなかったが、彼らの顔を見たことはほとんどなく、彼らの名前を尋ねたことは確実になかった。相手の名前を知っていれば、他の人々が人間であり、「敵」ではないと知っているということになる。相手の名前を知っていれば、彼らはユニークで特別な個人で、過去と未来を持ち、先祖とおそらく子孫を持ち、勝利と失敗を知っている人間だということになる。人間とは彼らの名前だ。彼らは名前を誇りにしている。人生の中で、何千回と名前を繰り返し、名前を自分と同一視する。それは「パパ」「ママ」の後、最初に学ぶ言葉だ。

リビア。ジャビッツ。イゴール。エワ。

しかし、魂は名前を持たない。それは純粋な真実で、ある期間特定の体に住まい、ある日それを去る。魂が最後の審判に到る時、神は「あなたの名前は?」とわざわざ尋ねたりしないだろう。神はこう尋ねるだけだ。「生きている間に愛しましたか?」私たちが、パスポート、名刺、身分証明書に記載して持ち運ぶ名前ではなく、愛する能力が人生の本質なのだ。偉大な神秘主義者は名前を変え、時にはすっかり捨てた。
バプテスマのヨハネがあなたは誰だと尋ねられたとき、彼はただこう言った。「私は荒野の中で泣いているものの声です。」
エスが彼の教会を築く男を見つけたとき、問題の男がサイモンの名前で人生全てを過ごしてきたことを無視して、ペテロと呼んだ。
モーゼが神に名前を尋ねたとき、帰って来た答えは「私は私であるものだ。」

おそらく、彼は別の犠牲者を見つけるべきだ。名前のついた犠牲者は、オリビアひとりで十分だった。しかし、ちょうどこの瞬間、彼は引き返せないと感じる。だが、破壊する次の世界の名前は尋ねないことに決める。
彼は引き返せない。かわいそうな、ビーチの傍のベンチの上の隙だらけの女の子に公平でありたいからだ。彼女はなんて甘く、容易い犠牲者だろう。新しい挑戦である、この汗をかいた、スポーツマン気取りの男。ヘナで髪を染め、退屈な印象で、明らかにとても権力のある男。この男は遥かに難しい。スーツを着た二人の男は単なるアシスタントではない。彼らはずっとテントを見回し、近くで起きること全てを見張っていることが分かる。もしイゴールエバに相応しく、オリビアに公正であるのなら、彼は勇敢であるべきだ。

彼はパイナップルジュースにストローを残す。人々は到着し始めている。場所がいっぱいになるのを待つが、長すぎないようにしなければならない。白昼、カンヌの大通りの中心で世界を破壊することは計画していなかった。そしてこの次のプロジェクトをどのように運ぶか正確にはわかっていない。けれど、彼が完璧な場所を選んだと何かが告げる。

彼の考えは、ビーチのかわいそうな若い女性についてではもはやなかった。アドレナリンが血を満たし、心臓は激しく鼓動し、彼は興奮していて幸福だった。

ジャビッツ・ワイルドは、毎年招待される数千のパーティーのひとつで無料の昼食にありつくためだけに、ここで時間を無駄にしているわけではない。特別な理由があるのか、特定の人物と会うためにここにいるに違いない。その理由や人物は、間違いなくイゴールの最高のアリバイになるだろう。

午後12時26分

ジャビッツは到着する他の客を観察する。場所は混み合って来ていて、いつも考えていることを彼は考える。:

「ここで私は何をしているのだ?こんなことは必要ない。実際、私は誰からもごくわずかしか必要としていない。私は欲しいもの全てを持っている。私は映画界のビッグネームで、ひどい服装をしていようとも、望めばどんな女性も手に入れることができる。実際、私はあえてひどい服装をすることにしている。
はるか昔、私はたった1枚しかスーツをもっていなかった。そして、スーパークラスから(たくさん這い回り、頭を下げて約束を取り付けた末に)招待状を受け取った稀な機会には、それがあたかも人生で最も重要な機会であるかのようにランチの心構えをした。今では、変化する唯一のものはそれらのランチが開催される都市だけだとわかっている。その他の点では、すべてがまったく退屈で予想通りなのだ。

「人々は私に近づいてきて、私の仕事に憧れているという。別の人は私を英雄だと言い、映画の異端児にチャンスを与えてくれたことに対し私に感謝する。外見に捕われない美しくて知的な女性は、私のテーブルの周りに集まる人々に気付き、私が誰かをウェイターに尋ねてすぐに私に近づく方法を見つける。彼女は、私が興味をもつ唯一のことはセックスだと確信している。彼らは各々、私に求める利益を持っている。だからこそ、私を褒めて持ち上げ、私に必要だと思うものを提供するのだ。だが、私が望むのは、一人にしておいて欲しい、それだけだ。

「私はこのようなパーティーに何千回も行ったことがあり、このテントにいるのは眠れないからという以外に特別な理由はない。プライベートジェットに乗って、カリフォルニアからカンヌへの全航路を給油の必要もなく36000フィート以上の高度を飛べる驚異の技術力でフランスに飛んで来たというのに。私は客室の元の構造を変えた。それで18人の乗客を快適に運ぶ能力があるが、私はシートの数を6つに減らして、客室を4人用に別々にしておいた。誰かがいつも尋ねるのは確実だ。「ご一緒しても良ろしいでしょうか?」私には完全な言い訳がある。「すみません、部屋がないんです。」

ジャビットは、4000万ドルの新しいおもちゃを持っていた。2台のベッドがあり、会議用のテーブルがあり、シャワーがあり、ミランダ・サウンドシステムがある(バング・アンド・オルフセンは優れたデザインと良いPRキャンペーンを持っていたが、もう過去のことだ)。2台のコーヒーマシーンと乗務員用の電子レンジと、彼用の電気オーブンがある(なぜなら彼は温め直した食べ物が嫌いだからだ)。ジャビッツはシャンパンだけを飲み、1961年のモエ・アンド・シャルドネのボトルを一緒に分け合いたい人なら誰でもとても歓迎した。しかし、飛行機の「保存庫」には、ゲストが望むような飲み物全てが準備されていた。そして、21インチの液晶スクリーンが2台、最新の映画(まだ映画館に入っていない作品も)を見られるよう備えられている。

ジェットは世界で最新鋭のもののひとつだ(フランス人はデザルト・ファルコンの方が良いと主張するけれど)。だが、彼がどんなにお金を持っていても、ヨーロッパの時計は変えられなかった。現在、ロサンゼルスは午前3時43分で、彼はちょうど本当に疲れを感じ始めたところだ。彼は一晩中起きていて、会話すべてをそれから始めた同じふたつのばかげた質問に答えながら、パーティーからパーティーを渡り歩いていた。:

「フライトはどうでしたか?」

それにはジャビットはいつも質問で答える。

「なぜ?」

人々はまったく言うことがわからず、気まずく微笑んで、リスト上の次の質問に移る。

「ここには長く滞在するご予定ですか?」

ジャビットは再び尋ねる。「なぜですか?」それで彼は携帯に出なければならないフリをし、言い訳をして、離れられないスーツ姿の2人の友人を従えて移動する。

彼は興味のある人物には誰にも会わなかった。だが、お金で買えるほとんどのものを持っている男が関心を持てるのは誰だろうか?彼は友達を変えようとして、映画の世界に何の関係もない人々と会った。哲学者、作家、ジャグラー、食品製造工場の重役。最初、それは全て順調に進んだ。避けられない質問が出るまでは。「私が書いた脚本を読んでもらえませんか?」または、2番目の避けられない質問。「ずっと俳優/女優になりたがっている友達がいるんです。彼/彼女に会って頂けませんか?」

彼はそうするだろう。彼は、仕事と別に人生でやるべきことがある。月に一度はアラスカまで飛び、最初のバーに入って酔っぱらい、ピザを食べ、荒野を歩き回り、そこの小さな街に住む人々と話をする。一日に2時間、プライベート・ジムで体を鍛えるが、医者は、彼がまだ心臓の問題で命を落とす可能性があると警告した。肉体的な見た目はそれほど気にしていない。本当に望んでいたのは、毎日毎秒ごとに彼に重くのしかかるような一定の緊張からほんの少し解放されること、瞑想ををし、魂の傷を癒すことだった。その国にいた時、偶然会った人々に、彼はいつも「普通の生活」がどんなものか尋ねた。なぜなら、彼はそれを忘れてしまっていたからだ。答えは様々で、他の人々に囲まれている時でも、彼は世界中で絶対的に孤独だということをだんだん理解するようになった。

 

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