白い部屋

あなたと宇宙を泳ぐ

勝者はひとり立つ:第6章 - パウロ・コエーリョのE-CARDSより

拙訳

勝者はひとり立つ:第6章
"The Winner Stands Alone" Chapter 6
2009/2/12
パウロ・コエーリョ

「あなたがもっと大人の流儀で、私の知性にそれなりの敬意を払って行動するなら撃たないと私は約束したのです。」

彼は正しい。自分について少し話すのが大人の流儀だろう。彼女が同じような状況にあるということを説明すれば、たとえそれが真実でないとしても、狂った男の心に潜む共感を呼び出せるかも知れない。

iPodを聴いている男の子が走り去る。彼はそれを振り返って見ようともしない。

「私は自分の人生を地獄にする男と一緒に生きている。なのにまだ彼から離れることができないの。」

イゴールの目の色が変わる。

リビアは罠から逃げる方法を見つけたと思う。「 合理的に振る舞うのよ。諦めてはダメ。;隣に座っている男と結婚した女性のことを考えるの。誠実に。」

「彼は友人から私を切り離した。望む女性全てを手に入れることができても、彼はいつも嫉妬する。彼は私がやることを何もかも批判し、私には野心がないという。私が手数料として稼ぐわずかなお金でも、彼は取りあげる。」

男は何も言わないが海を眺める。舗道は人々で溢れている。;彼女が立ち上がって逃げたところで何が起こる?彼は彼女を撃つのか?本物の銃だろうか?

彼の興味を惹くかも知れない話題に触れたことに、彼女は気付く。馬鹿なことはしない方が良い。何分か前に彼が話した様子、彼女を見た感じを思い出しながら彼女はそう考える。

「でも、まだ私は彼から離れる気になれないのです。もし私が最高に親切で、最高に裕福で、世界一寛大な男の人に会ったとしても、私はボーイフレンドを絶対に見限らない。私はマゾヒストでないし、絶えず続く屈辱を喜んではいないわ。私はたまたま彼を愛しているだけ。」

彼女は銃身が再び肋骨に押し当てられているのを感じる。彼女は間違ったことを言ったのだ。

「私はろくでなしのあなたのボーイフレンドとはちがう。」彼は言う。彼の声は今や嫌悪でいっぱいだ。「私は持っているものを築くために必死で働いた。私は長いこと一生懸命働き、たくさんの挫折を乗り切った。もちろん難しく和解しがたいときもあったが、私はいつも自分の取引に誠実だった。私はいつでも良いクリスチャンだった。影響力のある友人を持ち、彼らにいつでも感謝していた。つまり、私は全てを正しく行ったのだ。

「誰が邪魔しても、私は決して傷つけなかった。可能な時はいつでも、妻にやりたいことをやるよう勇気づけた。その結果が今の孤独な私だ。ばかげた戦争に送られたとき、私は人々を殺した。だが私は決して現実の感覚を失わなかった。私は、レストランに入って行ってマシンガンで人々を撃つようなトラウマを持った退役軍人とは違う。テロリストでもない。
もちろん、人生が私を不正に扱い、持っていた一番大切なものを奪い去ったということもできるだろう。それは愛だ。
だが、女性は他にもいるし、愛の痛みは過ぎ去るものだ。私は行動する必要がある。ゆっくりとゆで上がって死に向かうカエルでいるのに疲れたんだ。」

「女性が他にもいて、愛の痛みが過ぎ去ることがわかっているのなら、なぜあなたはそんなに腹を立てているの?」

今、彼女は大人らしく振る舞っている。そして、隣にいる狂人と穏やかに折り合いをつけようとする自らのやり方に驚いている。

彼はぐらついているようだ。

「よくわからない。かつてたくさん見捨てられたからかもしれない。私に何ができるかを単に自分に証明する必要があるからかもしれない。私は嘘をついていて、私には一人の女性しかいないからかもしれない。私には計画があるのです。」

「どんな計画?」

「さっき君に話した。私にとって、彼女がどれほど大切で、彼女を取り戻すためなら私はどんなリスクも冒す準備ができているということに彼女が気付くまで、私は世界を破壊し続ける。」

警察だ!

ふたりはパトカーが近づいて来ているのに気付く。

「失礼。」男が言う。「私はもう少し話をするつもりだったのに。人生は、あなたにもそれほど公正ではないんですね。」

リビアは、これが忍耐の限界だと認識している。今や失うものがないので、彼女はもう一度立ち上がろうとする。それから右肩に知らない男の手が置かれているのを感じる。まるで愛情を込めて彼女を抱くかのようだ。

「武器を持たない自己防衛」、またはロシア人の間でよりよく知られているところのサンボは、犠牲者に何が起こっているのか気付かせないまま素手で素早く殺す技術だ。人々や部族が非武装の侵略者と対戦しなければならなかったとき、それを何世紀にも渡って開発してきた。痕跡を残さずに人を殺すためにソビエト国家機構で幅広く使われた。1980年のモスクワオリンピックで、彼らは格闘技としてそれを紹介しようとした。時の共産党員は、彼らだけが練習したスポーツを競技に採用するためにさまざまな努力をしたが、それにも関わらず危険過ぎるとして却下された。

このように、少数の人だけしかその動作を知らない。完璧だ。

イゴールの右手の親指はオリビアの頸動脈を抑えていて、脳に血液が流れ込むのを止める。その間、彼の反対の手は脇の下に近いある箇所を抑え、それが筋肉が動かなくさせる。短縮はなく、2分間ただ待つだけだ。

リビアは彼の腕の中で眠ってしまったように見える。パトカーが、他の車が通れない車線を使って彼らの後ろを通る。彼らはカップルの抱擁に気付いてもいない。;今朝、彼らには他の心配事がある。たとえば渋滞しないように最善を尽くすというような。それは厳密に実行すれば不可能な任務だ。無線の最新の呼びかけでは、何人かの酔っぱらった大富豪の車が、1マイル程のところでたった今衝突したということだ。

依然として娘を支えながら、イゴールは腰を曲げ、味気ない品ばかりが並べられてベンチの前に広がっている布を、もう一方の手を使ってつまむ。彼は、その布を巧みに即席の枕の形に折りたたむ。

周りに誰もいないとわかり、彼は彼女の生気のない体を優しく横たえる。彼女は眠っているように見える。彼女はおそらく夢の中で、いくつかの特別に素敵な日を思い出しているか、さもなければ暴力的なボーイフレンドの悪夢を見ているのだろう。

老夫婦だけが、彼らが一緒に座っているのに気がついていた。
もし犯罪が発見された場合(目に見える印がないために、疑わしいとイゴールは思うが)、 実際の彼の肌色も年齢も、老夫婦はほとんど警察に述べることができないだろう。心配する理由は少しもなかった。人々は周りで起きていることにそれほど多く注意を払うわけではないのだ。

去る前、彼は眠れる美女の額にキスしてささやく:

「ほらね、私は約束を守るのだ。撃たなかったでしょう?」

 

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