白い部屋

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勝者はひとり立つ:第7章 - パウロ・コエーリョのE-CARDSより

拙訳

勝者はひとり立つ:第7章
"The Winner Stands Alone" Chapter 7
2009/2/17
パウロ・コエーリョ

数歩踏み出すと、彼の頭はひどく痛み始める。これは全くいつもの通りだ。大量の血液が脳に流れ込むからだ。ついさっきまで極限の緊張状態にいたのだから当然の反応だ。

頭痛があるにも関わらず、彼は幸福を感じる。そう、彼はやることをやったのだ。
彼はそれができる。彼女の脆い体から魂を解放し、暴力をふるう臆病者からわが身を守れない魂を解放したのだから、なおさら幸せだ。
彼女とボーイフレンドの関係が続いていたなら、娘は落ち込んで不安になり、最後にはすべての自尊心を欠いて、さらにボーイフレンドの言いなりになっていたことだろう。

エバとの場合はこれと違った。彼女はいつでも自分の決定をすることができた。彼女がオートクチュール洋服屋を開くと決めたとき、彼は道徳、財政両面において支援した。そして彼女は自由に旅行していた。彼は模範的な男であり夫であった。それでも彼女は過ちを犯した。彼女は彼の愛や許しを理解出来なかったのだ。しかし、彼は彼女にそのメッセージを受け取ってほしかった。結局、彼女を取り戻すために全世界を破壊するということを彼が彼女に話したのは、彼女が去ったその日だった。

彼は、なるべく少ない金額を入金した購入したての使い捨て携帯電話を取り出し、テキストメッセージを送る。

午前11時00分

それはすべて、ビキニ姿でカメラマンにポーズをとる無名の19歳とともに始まったと言われる。彼女は1953年のカンヌ映画祭の期間中、他にやることがなかったのだ。彼女はすぐにスターダムに駆け上がり、その名前は伝説になった。彼女はブリジット・バルドー。そして今、誰もが同じことができると考えている。女優であることの重要性を誰も理解しない。当てになるのは美しさだけなのだ。

長い脚で人工的に金髪にした世界中の女性が、カンヌに来るため100マイルも1000マイルも移動するのはそれが理由だ。見られ、写真を撮られ、発見されることを願いながらも、一日中ビーチで過ごすだけだとしても。
彼女たちは、全ての女性を待ち受ける罠から脱出したいのだ。主婦になって、毎夜夫のために食事を作り、毎日こどもたちを学校に連れて行き、友達とおしゃべりするため隣人の単調な生活のゴシップを掘り下げようとする。そうはなりたくないのだ。
それらの女性が望んでいるのは名声、名誉、魅力だ。
同じ町に住む他の人々と、いつか白鳥または皆に切望される花になると気がつかず、いつも自分を醜いアヒルの子だと考える少年少女の羨望の的になりたいのだ。彼女たちは夢の世界でキャリアを欲している。たとえ、豊胸手術を受けたり、より新しくよりセクシーな服を買うために、お金を借りなければならないとしても。
演劇学校?それは忘れて、必要なのは見た目の良さと正しい連絡先だけだ。映画は奇跡を起こし得る。もちろん、その世界にいつでも飛び込むことができると仮定すればだが。田舎の街。長くて退屈な繰り返しの日々の牢獄。そこから脱出するための何か。そんな生活を気にしない人々もたくさんいるけれども、彼女たちは自分に合っていると思う人生を生きるために残るべきだ。
しかし、フェスティバルに来るなら、怖れは家に残して何でも覚悟しなければならない。つまり、とっさに決断し、必要なら嘘をつき、実際よりも若いフリをし、嫌悪する人々に微笑み、退屈な人々に関心があるかのごとく装い、結果を考えることなく「愛してます」と言い、またはかつて助けられたが、今では望ましくないライバルになった友人を裏切る。良心の呵責や恥の感情は割り込ませてはいけない。どれだけ犠牲を捧げても、報償はそれに値する。

名声。栄光。魅力。

ガブリエラはこれらの考えにイライラする。それはもちろん新しい日を開始するのに最善の道ではない。さらに悪いことに、彼女は二日酔いしている。

少なくとも慰めがひとつある。彼女は、5つ星ホテルで男の隣で目覚めたわけではない。彼は、映画の売買のような重要な仕事があるので、服を着て帰るように彼女に言うのだ。

彼女は起き上がり周囲を見回して、アパートにまだ誰か友達がいるかどうか確認する。言うまでもなく誰もいない。彼女たちは、プール、ホテルのバー、ヨット、こぎつけるかもしれない昼食のデート、ビーチでの出会いのチャンスのため、クロワゼット通りをずいぶん前に出発している。
小さなシェアアパートの床には、途方もない延滞レンタル料で使用されている折りたたみ式のマットレスが5枚ある。マットレスは、からみあった洋服、脱ぎ捨てられた靴、誰もクローゼットに戻すことのないハンガーに囲まれている。

「この部屋では、人間よりも洋服の方が幅を利かせているわ。」と彼女は思う。

彼女たちの誰もエリー・サーブやカール・ラガーフェルド、ベルサーチやガリアーノがデザインした服を着ることは夢に見ることさえできなかったが、それでもなお、服がアパートのほとんどを占有している。ビキニ、ミニスカート、Tシャツ、プラットフォームシューズ、そして膨大な量のメイク用品。

「いつか、私は好きなものを着る。でも今はチャンスを得ることだけが必要よ。」と彼女は考える。

でも、彼女はなぜチャンスが欲しいのか?

まったく簡単だ。両親をとてもがっかりさせた学校での経験にも関わらず 、困難、不満、敗北を乗り越えられることを証明するために直面した挑戦にも関わらず、彼女は自分は最高だということを知っているからだ。彼女は勝って輝くために生まれ、そのことに疑問の余地はない。

「いつも欲しかったものを手に入れたら、私は自分に尋ねなければならないとわかっている。それは、彼らが私を愛して称賛してくれるのは、私が私だから?それとも私が有名だから?」

ステージでスターの座にのしあがった人は、期待とは裏腹に、自分と折り合いがつかないということを彼女は知っている。ステージを降りた途端、彼らは不安、不信に満ち、惨めになる。自分自身でいなくてもいいように、彼らは俳優になりたいのだ。そして彼らは、キャリアを終わらせる可能性がある間違ったステップを踏むことを怖れて生きている。

「でも、私は違う。私はいつでも私よ。」

それは本当か?彼女の立場にある誰もが同じだと思うのか?

彼女は起き上がって自分でコーヒーを入れる。キッチンは散らかっていて、わざわざ皿を洗うような友達は一人もいない。なぜそれほどひどい気分で、たくさんの疑いを持って目覚めたのか、彼女にはわからない。彼女は自分の仕事を知っていて、それに心と魂を捧げている。それでも人々は、彼女の才能を認めるのを拒んでいるかのようだ。
彼女は人間がどんなものか知っている。特に男性のことを。男性は彼女がすぐに勝つべき闘いの将来の盟友になる。彼女は既に25歳で、夢工場にはもう少しで年を取り過ぎることになるからだ。彼女は次の3つのことを知っている。

(a)男性は女性より信用出来る
(b)彼らは女性が着ているものに決して気がつかない。なぜなら、彼らは彼女を心の中で常に裸にしているから。
(c)バランスの良い胸と太腿、尻、腹を持っている限りは世界を征服できる。

これらの3つのことのせいで、そして競争相手の女性が自らの特質を強調しようとしているのを知っているせいで、彼女はリストの(c)の項目だけに注意を払う。エクササイズをして健康を維持しようとし、食事を避け(論理的でないように思えるが)、極めて慎重に服を選ぶ。
今までのところこれはうまくいっていて、彼女はいつも年齢より若く見られている。彼女はそれがカンヌでも成果を上げることを望んでいる。

胸、尻、太腿。彼らがお望みなら、今はそれに注目すればいい。しかし、彼女に本当に出来ることが何かを彼らが知る日がやってくるだろう。

 

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