白い部屋

あなたと宇宙を泳ぐ

勝者はひとり立つ:第5章 - パウロ・コエーリョのE-CARDSより

拙訳

勝者はひとり立つ:第5章
"The Winner Stands Alone" Chapter 5
2009/2/10
パウロ・コエーリョ

イゴールは、クロワゼット通りの車の走っていない1本の車線を指差す。

「例えば、私があなたをパーティーに行かせたくないとしましょう。しかし、私はあえてそれを表に出して言いません。ラッシュアワーが始まるのを待ち、道の真ん中に私の車を止めれば、10分以内にビーチの反対側の大通り全体が大渋滞するでしょう。運転手は考える:『事故があったに違いない。』そして忍耐強く待つ。15分以内に車を牽引してどけるためのトラックを持って警察が到着する。」

「その類いのことはいつでも起こっているわ。」

「ええ、そうですね。でも私は、誰にも気付かれないようにとても慎重に車を降り、その前の道路に釘をばらまき他の尖ったものを置く。私はそれらの障害物を慎重に黒く塗り、アスファルトに紛れるようにする。牽引トラックが近づくと、タイヤがパンクする。今、我々には問題が2つある。そして交通の最後尾はこの小さな街の郊外、たぶんあなたが暮らしているその郊外に達するでしょう。」

「あなたがとても鮮やかな想像力をもっていることはわかるけれど、まだやっと1時間程私を遅れさせることに成功しただけだわ。」

イゴールが微笑む番だった。

「状況を悪化させるあらゆる手を思いつきました。たとえば手助けするために人々が周りに集まり始めたら、私は牽引トラックの下に小さな発煙弾のようなものを投げます。これは皆を怖がらせるでしょう。私は自分の車に乗り込み、絶望を装いながらエンジンをスタートさせる。同時に、車の床にライターの燃料を少し空けると発火する。場面を観察するのに間に合うように私は車を飛び降りる。そして車は徐々に焼け落ち、炎はガソリンタンクに達する。爆発は車の後ろでも同様の影響を及ぼし、そのようにして連鎖反応が続く。私は、車と何本かの釘と店で買える発煙弾、そして少量のライターの燃料でそのすべてを成し遂げることができたはず…。」

イゴールはポケットから何かの液体が入った小さな容器を取り出す。

「…これだけで出来たはずなのです。
エワが私から離れ、決断を先に延ばし、少しの間深く考え、結果を考慮するために私から離れようとしているとわかったときに、私はこうしておくべきだったのです。人が決断を深く考え始めるとき、いつも心を変えようとするものだ。それにはある程度の段階を踏むための勇気がたくさん必要だ。」
「けれど、私はとてもうぬぼれていた。私はそれがただの一時的な感情で、彼女がすぐにも自分の過ちに気付くだろうと思っていたのだ。言ったように、彼女が私から去ったことを後悔していて元に戻りたいことは確実にわかっている。でも、そうなるためにはいくつかの世界を破壊しなければならないのだ。」

彼の顔の表情は変わった。オリビアはもはや物語に魅せられていない。彼女は立ち上がる。

「もう仕事をしなければならないわ。」

「それでも、私は話を聴いてもらうために金を払った。あなたの1日の仕事に見合う支払いをした。」
彼にお金を返すためにポケットに手を入れたそのとき、彼女は自分の顔に向けられた拳銃を見る。

「座れ。」

彼女はまず逃げようと思った。老夫婦はまだゆっくりと近づいて来ている。
「逃げてはいけない」と彼は言う。あるで彼は彼女の考えを読めるかのようだ。「君がもう一度座って話をきくなら、私は引き金を引くつもりは少しもない。君が何もしようとせず言う通りにするなら、私は発砲しないと誓う。」

一通りの選択肢が彼女の頭を素早くよぎる。まず、ジグザグに道を横切りながら走ること。しかし、彼女は脚に力が入らなくなっていることに気付く。

「座れ。」再び男は言う。「言う通りにすれば撃たない。約束する。」
そう、彼にしてみれば晴れた朝にその銃を撃つなんて狂気の沙汰だ。車が外を通り過ぎ、人々はビーチへ行き、交通の往来は分刻みで増えて行き、より多くの歩行者が歩道を歩いている。男が言う通りにするのが最善だ。たとえ彼女が他のことができる状態ではないからというだけだとしても。彼女はほとんど失神しているのだ。

彼女は従う。今、彼女がやるべきは、彼女が脅威ではないと彼を納得させ、見捨てられた夫の哀歌に耳を傾け、何も見ていないと約束し、いつもの巡回をする警官が現れたら、すぐに地面に身を投げ、助けを求めて叫ぶことだけだ。

「君の考えていることがはっきりわかる。」と男は言い、彼女をなだめようとする。
「恐怖の症状は時間の黎明期から変わっていない。人間が野生動物に遭遇した頃から現在に至るまで、全く同じようにそれは続いているのです。:失血を防ぐために、顔と表皮から血液が流れ出て体を保護する。人が青くなるのはそのためだ。腸は弛緩しすべてを解き放つため、組織を汚染する毒物は残らない。初期には、体は動かなくなる。突然の動きによって問題の獣を怒らせないために。」
「これは全部夢よ」オリビアは考える。彼女は両親を思い出す。彼らは今朝彼女と一緒に居たはずだが、その日が忙しい一日になりそうだったので一晩中アクセサリーを作っていたのだ。
数時間前、彼女はボーイフレンドと愛を交わしていた。彼は時々殴るけれど、人生の男になると彼女が信じている相手だった。彼らは同時にオーガズムに達した。それは長い間起きていなかったことだ。朝食後、彼女はいつものシャワーを浴びないことにした。彼女は自由で、エネルギーに満ち、人生に満足していると感じていたからだ。

いや、こんなことは起こりえない。彼女は平穏を装うべきだ。

「話しましょう。あなたが私の品物を全て買ったのは一緒に話をするためよ。しかも、私は逃げようとしているわけではないのよ。」

彼は銃身を女の肋骨にそっと押し付ける。老夫婦は、彼らをちらりと見ておかしなところに気付かずに通り過ぎる。老夫婦は、濃い色の眉とこどものような微笑みを持つポルトガル人の娘が、いつものように男を惹き付けていると考える、いや、考えようとする。彼女が見知らぬ男と一緒にいるのを見るのはそれが初めてではない。そして服装から判断すると、彼はたくさんのお金を持っている。

リビアは老夫婦をじっと見つめる。まるで見つめるだけで起きていることを彼らに伝えようとしているかのようだ。彼女の隣にいる男が明るく声をかける:

「おはようございます。」

老夫婦は言葉を発さずに立ち去る。見知らぬ人と話したり、露天商と挨拶を交わす習慣が彼らにはないのだ。

「ええ、話しましょう」沈黙を破りロシア人は言う。「私は本当に交通を混乱させてみるつもりはないんですよ。ただ例として挙げただけです。私の妻がメッセージを受け取り始めたとき、私がここに居るとわかるでしょう。私が彼女に会いに行くようなわかりやすい手段をとるつもりはないのです。彼女の方から私のところに来る必要があるのです。」

これは可能性のある突破口だった。

「あなたさえよければ私はメッセージを届けることができるわ。彼女が滞在しているホテルを教えてください。」
男は笑う。

「君は若いから、自分が他の人よりも賢いと思い込んでいる。ここを去った瞬間、君は警察に直行するだろう。」

彼女の血は凍り付いた。この男と一緒に一日中このベンチに座っていることになるのか?彼の顔を知っているために、結局彼女は撃たれるのか?

「あなたは撃つつもりがないと言ったわね。」

 

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