白い部屋

あなたと宇宙を泳ぐ

勝者はひとり立つ:第4章 - パウロ・コエーリョのE-CARDSより

拙訳

勝者はひとり立つ:第4章
"The Winner Stands Alone" Chapter 4
2009/2/6
パウロ・コエーリョ

彼は舗道に商品を並べている若い女性を見た。それは様々な工芸品が少しといくぶん疑わしい宝石類だ。

そう、彼女が犠牲になるだろう。彼女こそが彼の送らなければならないメッセージで、目的地に着けばすぐ理解されるだろう。彼女の方に行く前に、彼は彼女を優しく観察する。全て上手く行ったら、彼女の魂は雲を散歩するだろう、夢が導くところへは決して連れて行ってくれないような馬鹿げた仕事から永遠に解放されるだろう。彼女はしばしの間それを知らない。

「おいくらですか?」彼は完璧なフランス語で尋ねる。

「どれをお望みですか?」

「全部です。」

若い女性(せいぜい20歳だろう)は微笑む。

「誰かが全部を買おうとしたのは初めてじゃないんです。次のステップはいつも、『散歩に出かけませんか?ここで売り子をやるにはあなたは美し過ぎる。私は…』というような感じです」。

「いいえ、違うんです。私は映画の仕事をしていませんし、あなたを女優にしたり人生を変えたりするつもりはありません。私はあなたが売っているものにも興味がありません。私は話す必要があるだけです。それはここでできることです。」

若い女性は視線をそらす。

「私の両親がこれらの品物をつくります。そして私は自分のやることに誇りに持っています。いつか、誰かこの価値がわかる人が現れるでしょう。どうぞ行って下さい。あなたが言わなければならないことを聞いてくれる他の誰かがきっと見つかるでしょう。」

イゴールはポケットから一束の紙幣を取り出し、彼女の横に静かに置く。
「無礼をお許しください。私はあなたが値下げするかどうか確かめるためだけに、何かを買うことには興味がないと言ったのです。とにかく私の名前はイゴール・マレーブです。昨日モスクワから飛行機で来て、まだ少し時差ボケしています。」

「私はオリビアです。」彼の嘘を信じているフリをして、若い女性は言った。

彼女の許可を求めずに、彼は彼女の傍のベンチに腰掛ける。彼女は1インチ程移動する。

「何の話をしたいのですか?」

「まず、お金を受け取って下さい。」

リビアは躊躇して周りを見回し、怖がる理由がないと気付く。今、車は走行可能な1車線を走り、若い人々はビーチに向かい、高齢のカップルが舗道を彼らの方に向かってやってきている。彼女は、あえてそれを数えることをせずにお金をポケットに入れる。彼女は十分過ぎるくらい十分に人生経験があるのだ。

「申し出を受けてくれてありがとうございます。」とロシア人は言う。「あなたは何について話したいのかを私に尋ねましたね。ええと、それほど重要なことではないのです。」

「あなたは理由があってここにいるはずよ。観光客にとっても同様だけれど、ここで暮らす人達にとっても、1年のこの時期の街の様子は堪え難い。その時期にカンヌを訪れるからには、なにか理由があるのでしょう?」
イゴールは海を見ている。彼はタバコに火をつける。

「喫煙は健康に悪いですよ。」と彼女は言う。

彼はこの忠告を無視する。

「あなたにとって、人生の意味とはなんですか?」と彼は尋ねる。

「愛。」

リビアは微笑む。手工芸品の値段や人々が着ている服のことよりも深い話をしてその日が始まるのは、本当に最高だ。
「それであなたにとっては?」

「ええ、愛もそうです。しかし私にとっては、私が成功出来るということを両親に示すために、十分なお金を稼ぐことも重要でした。私はそれをやり、今では両親は私を誇りに思っています。私は完璧な女性に出会い、結婚しました。そして私はこどもを持ちたかった。神を敬い畏れるために。悲しいかな、こどもは来なかったのです。

リビアは理由を尋ねるのを好まない。40代の男は完璧なフランス語で続ける。「養子を取ることを考えました。実際、私たちは2年か3年の間それを考えていました。しかしそれから人生は、出張やパーティー、会議や契約で忙しすぎるようになり始めました。」

「あなたが話すためにここに座ったとき、冒険を探しているただの風変わりな億万長者のひとりかと思っていました。でも、こんな話をするのは楽しいわ。」

「将来について考えますか?」

「ええ、考えます。私の夢はあなたのと似ていると思います。同じように、どうしてもこどもを持ちたい…。」

彼女は動きを止めた。この予測出来ない新しい話し相手の感情を傷付けたくないのだ。
「…もし、もちろん、私にできるならですが。神は別の計画を持っている場合もあります。」

彼は彼女の答えが聞こえなかったようだ。

「大富豪だけがフェスティバルに来るのですか?」

「大富豪と、自分が大富豪だと思っている人と、大富豪になりたい人たちよ。フェスティバルの開催中、街のこのあたりは混乱している。誰もが自分は非常に重要であり、本当に重要な人々とは別であるかのように振る舞う。本当に重要な人々は遥かに礼儀正しい。彼らは誰にも何も証明する必要がない。彼らは私が売らなくてはならないものをいつも買ってくれるわけではないけれど、少なくとも微笑み、嬉しい意見をしてくれ、敬意を持って私を扱う。あなたはここで何をしているの?」

「神はこの世界を6日間で作った。しかし世界とは何でしょうか?それはあなたや私が見るものです。どこかで誰かが死ぬと、宇宙の一部も死ぬのです。人が感じ、経験し、見た全てのことは彼らと一緒に死ぬ。雨の中の涙のように。」

「『雨の中の涙』…。かつてその言葉が使われている映画を見た事があるわ。今はもうそれがなんだったか思い出せないけれど。」

「私はここに泣きに来たのではありません。愛する女性へのメッセージを送るためにここに来ました。それをするためには、いくつかの宇宙または世界を破壊しなければならないのです。」

この最後の一言に警告めいたものを感じる代わりに、オリビアは笑う。このハンサムな、身なりの良い男。流暢なフランス語を話し、まったく狂人には見えない。彼女はいつも同じことを聞くのにうんざりしていた。つまり、あなたはとても美しい。あなたはもっと良い思いができる。これはいくらですか、あれはいくらですか、それはひどく高価だ、今は行くけれども、考えてから後で戻ってくる(もちろん、彼らは決してそうしない)、など。
少なくともこのロシア人にはユーモアのセンスがある。

「あなたはどうして世界を破壊しなければならないの?」

「そうすれば自分の世界を再び構築出来るからです。」

リビアは彼を慰めようと試みたが、有名な台詞を聞くのを怖れていた。それは、「君なら私に人生に意味を与えることができそうだ」。その時点で、不意に会話は止まるだろう。彼女は自分の将来に別の計画を持っているからだ。その上、年上でより成功した相手に対し、困難を乗り越える方法を教えようと試みるなんてばかげている。

これを抜け出すには、彼の人生についてもっと聞くしかない。結局のところ、彼女の時間を買うために、彼は彼女に金を払ったのだ(それも大金を)。

「どうやってそれをやるつもりなの?」

「カエルについて知っていますか?」

「カエルですって?」

「そう。様々な生物学の研究でわかったことですが、カエルは、自分の池の水と一緒に容器に入れられると、そこにずっといます。水がゆっくりと熱されていても、完全にそのままでいます。カエルは、ゆるやかな温度上昇にも自分がいる環境の変化にも反応せず、水が沸点に達するとき、膨らんで幸せなまま死にます。

「一方、既に沸騰したお湯でいっぱいのコンテナーにカエルを投げ入れると、直ちに飛び出し火傷はしても、なんと生きているのです!」

リビアはこれが世界の破壊と何の関係があるのかまったくわからない。イゴールは続ける。:

「僕は茹であがったカエルのようでした。変化に気がついていなかったのです。全ては順調で、悪いことはただ消え、それはただ時間の問題だと思っていました。僕は死ぬ準備ができていました。人生で最も大切なものを失ったからです。しかし、反応する代わりに、分刻みに熱くなっていく水の中、私は座って無関心に揺られていたのです。」
リビアは尋ねる勇気を奮い起こす。:

「何を失ったの?」

「実を言うと私は何も失ってはいません。人生は時々、私たちが互いにどれほど意味があるかということに気付かせるために人を分かちます。例えばゆうべ、私は妻が他の男といるのを見た。彼女が私のところに戻りたいのはわかっている。まだ私を愛していることはわかっている。だが最初のステップを踏むほどの勇気がないのだ。
茹であがったカエルの何匹かは、それは能力でなく価値ある服従だとまだ考えている。能力ある人々は導き、センスある人々は従う、と。
それでこの話の中の真意はどこなのか?わずかに火傷した状況で出た方が良い。生きていて、行動する準備があるうちに。その任務において、あなたは私を助けることができると思うのです。」

リビアは、隣にいる男の心に何が起こっているのか想像しようとした。誰がこのような面白い男から離れることができるのだろう?彼女が考えすらしなかったことについて話せる人を。
しかし愛するのに論理はない。若いのにも関わらず、彼女はそれを知っていた。たとえば彼女のボーイフレンドは、かなり乱暴になるときがあり、時々理由もなく彼女を殴る。だが彼と離れることには1日たりとも耐えられない。

正確には彼らは何の話をしたのか?カエルのことと、彼女がどうやって彼を助けることができるか。もちろん彼女は彼を助けることができない。だから彼女は話題を変えた方がいい。

「それであなたはどうやって世界の破壊に取りかかろうとしているの?」

 

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