白い部屋

あなたと宇宙を泳ぐ

勝者はひとり立つ:第3章 - パウロ・コエーリョのE-CARDSより

拙訳

勝者はひとり立つ:第3章
"The Winner Stands Alone" Chapter 3
2009/2/3
パウロ・コエーリョ

ファッション。人は一体何を考え出すのか?ファッションはその年の季節によって変化するものだと思っているのか?ドレス、宝石、靴のコレクションを見せるため、本当に世界の街角から出てきたのか?
彼らはわかっていない。「ファッション」は単にこう言っているだけだ。つまり、「私はあなたの世界に所属しています。あなたの軍と同じユニフォームを着ているのだから、撃たないでください。」

男と女のグループが初めて洞穴で一緒に暮らし始めて以来、ファッションは完全な部外者を含め、誰にでも理解出来る唯一の言語だった。「私たちは同じように服を着ます。私はあなたの部族に属しています。生き残るために一緒に弱者をやっつけましょう。」

だが「ファッション」が全てだと信じている人たちがいる。一部の富裕層の仲間であり続けるため、6ヶ月ごと大金をつぎ込んでわずかな細部をいくつか変える人たち。
彼らがシリコンバレーを訪れていたなら、IT産業の大富豪がプラスチック製の時計とぼろぼろのジーンズを身に着けているのを見て、世界が変化したことがわかるだろう。
そこでは、今や全員が同じ社会階級に属しているように見える。宝石の大きさ、ネクタイや革のブリーフケースの作りのことはもう誰も気にしていない。実際、ネクタイや革のブリーフケースはその地域に存在すらしていない。
しかし、近くのハリウッドでは(衰退してはいるが、比較的力のある組織だ)、オートクチュールのドレス、エメラルドのネックレス、ストレッチタイプのリムジンなどの高級品を無邪気な人に信じさせることが今だにうまくいっている。
これが、あらゆる雑誌にまだ載っているのだから、広告や役に立たない物の販売、全く不要な新しい流行の発明、全く異なるラベルをつけた全く同じフェイスクリームの創出に関わる巨大ビジネスを、誰があえて破壊するというのだろうか?

とんでもないことだ!
尊厳ある生活を送り、健康や家庭、家族の愛を喜びとしている正直で勤勉な多くの人々の生活に影響するような決定をする人々への強い嫌悪感を、イゴールは隠しておく事ができない。
なんて不条理なんだろう!
家族が夕食のテーブルを囲んでいて何もかもうまくいっているように思えるときに、スーパークラスの幻影が現れ不可能な夢を売る。
それは贅沢、美、権力。そして家族は崩壊する。父は、息子に最新の運動靴を買ってあげるために残業をする。それを持っていなければ、息子は学校で仲間はずれにされるからだ。
妻は黙って涙を流す。友人はデザイナーの洋服を持っていて、彼女はお金を持っていないからだ。
彼らの思春期のこどもたちは、信仰と希望の本当の価値を学ぶ代わりに、歌手や映画スターになることだけを夢見る。
地方の女の子たちは、自分の本当の感覚を完全に失ってしまい大都市に行くことを考える。何かしら絶対的なものに備えるために特別な宝石類を手に入れようと。正義に向かうべき世界が始まる代わりに、物質的なものに焦点が合う。物質的な世界は6ヶ月以内に価値がなくなり、置き換えられる。それがカンヌに集まる卑劣な生き物が山の頂上にとどまるため、サーカス全体にとっての確実な手段なのだ。

イゴールはこの破滅的な力に害されていない。彼は世界中でもっとも羨ましい仕事を持っているからだ。たとえ、彼が合法、非合法のあらゆる楽しみに耽ったとしても、彼は1年で使う以上のお金を1日で稼ぎ続けている。彼がどれだけのお金を持っているか相手が知っているかどうかに関係なく、彼は女性を見つけるのに苦労はない。1度と言わず彼はそれを試したが、決してしくじることはなかったのだ。
彼はちょうど40になったところで、体調は良く、(定期検診によれば)健康上の問題もない。負債もない。特定のデザイナーブランドの服を着る必要もないし、特定のレストランに行く必要もない。「皆」が行くビーチで休日を過ごす必要もないし、有名なスポーツ選手が宣伝しているというだけで時計を買う必要もない。彼は安物のボールペンで大事な契約にサインできる。彼のオフィスの隣りの小さな店の仕立て屋が手作りした、ラベルがついていない、快適でエレガントなジャケットを着ることができる。彼は自分の好きなようにでき、裕福であることを誰にも証明する必要がない。彼は面白い仕事を持っていて、自分のやることを愛している。

おそらく問題はこれだ。:彼が今でも自分のやることを愛しているということ。
数時間先にバーに入って来た女性が彼のテーブルに一緒につかないのはこれは理由だと彼は確信している。
時間をやりすごすために彼は考え続けようとする。彼はクリステルに新しい飲み物を頼む。ー彼はウェイトレスの名前を知っている。1時間前にバーがもっと空いていたころ(皆夕食中だった)、ウイスキーを1杯注文した。彼女は、彼が寂しそうに見えるといい、何か元気になるものを食べることを勧めてくれた。彼は彼女の心遣いに感謝し、誰かが心の状態を気にしてくれたことを嬉しく思った。

給仕してくれるウェイトレスの名前を知っているのはおそらく彼だけだ。他の人はテーブルと肘掛け椅子に座っている人々の名前と、できることなら肩書きも知りたいと思うだけだろう。

彼は考え続けようとする。午前3時になっても、その美しい女性と礼儀正しい連れ(とにかく彼によく似た人物)は、まだ再び現れてはいなかった。たぶん彼らは部屋に直行して今愛を交わしているのだ。あるいは、他が皆終わった頃にパーティーを始めたヨットでシャンパンを飲んでいるのかもしれない。きっと彼らはベッドに横になっていて、雑誌を読み、お互い知らないフリをしているのかもしれない。

そういう問題ではない。イゴールは孤独で、疲れていて、寝なければならない。

午前7時22分

彼は午前7時22分に起きるが(それは彼の体が希望するよりずっと早い)、まだモスクワとパリの時差に慣れていない。彼が仕事中ならすでに部下たちと2、3の会議を開き、新しい客何人かと昼食をとる準備をしていただろう。

彼にはここでやるべき別の任務がある。:彼は愛の名の下に犠牲にできる人を見つけなければならない。彼は犠牲者を必要とする。それでこそエバは、その朝彼のメッセージを受け取るだろう。

彼は風呂に入り、階段を下り、ほとんど人気のないレストランでコーヒーを飲む。それから、ほぼ全ての主な高級ホテルがあるクロワゼット通りに沿って出発する。往来はない。一方の車線が閉鎖されていて、許可を持つ車だけが通るのを許されているからだ。もう一方の車線は空っぽだ。町に住む人々でさえ、まだ仕事に行く準備をしているからだ。

彼は憤りを感じない。苦痛と憎しみでいっぱいになって眠れなかったとき、彼は本当に困難な局面を通過した。今はエワの気持ちを理解出来る。:結局のところ一夫一婦制は、はるかに長過ぎる間人々に無理に押し付けられてきた神話だ。彼はそのことについて沢山読んでいた。あらゆる調査が示すように、それは過剰なホルモンや虚栄心だけの問題ではなく、ほとんど全ての動物に見られる遺伝子的構成なのだ。

鳥、猿、キツネに行われた父子鑑定で、単にそれらの種が結婚によく似た社会的関係を築くからといって、必ずしも彼らがお互いに忠実であるという意味ではないことが明らかになった。70%のケースで、彼らの子はパートナー以外の雄が父親であったとわかる。
イゴールはデビット・バラシュの書いたことを思い出した。彼はシアトルのワシントン大学の心理学の教授で、彼はこう言った。自然界で不倫をせず、100パーセントの一夫一婦制の様に思える唯一の種は扁形動物のフタゴムシだ。雌雄の虫は未熟なうちに出会い、彼らの体は文字通りひとつに融合する。

イゴールエバのことを非難出来ないのはこれが理由だ。;彼女はただ自分の人間的本能に従っただけなのだ。だが、彼女はそれらの不自然な社会的慣習を信じて育てられた。だから、彼がもう彼女を愛しておらず許すことがないだろうと考えて、罪悪感を持っているにちがいない。
実際、何でもするつもりでいる。彼が誰かの世界を破壊したことを意味するメッセージを送ることさえも。彼女が戻ってくることを歓迎するだけでなく、喜んで過去を忘れ、何も尋ねないということをただ彼女に知らせるためだけに。

 

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