白い部屋

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勝者はひとり立つ:第2章 - パウロ・コエーリョのE-CARDSより

拙訳

勝者はひとり立つ:第2章
"The Winner Stands Alone" Chapter 2
2009/1/30
パウロ・コエーリョ

とはいえ、マルチネスホテルのバーには有力者が出入りするということは皆が知っている。つまり、有力者に会うチャンスが常にあるということだ。

期待の新星にすらそれは起こらない。
有力者は有力者としか話さず、彼ら同士時々集まって昼食や夕食を共にしなくてはならない。
有力者は大きなフェスティバルに華を添えなくてはならない。アイディアを追求する勇気さえあれば、誰もが贅沢と魅惑の世界に近づくことが出来るという幻想を煽らなくてはならない。儲からない争いなら避け、権力とお金を増やす可能性があるなら、国や企業間の侵略を促進しなくてはならない。幸せなフリをしなくてはならない ーたとえ彼らが自分自身の成功の人質であるとしても。富と影響力を増やすために苦闘を続けなくてはならない ーたとえどちらも既に莫大だとしても。
スーパークラスの虚栄心は、トップの中のトップが誰かを確かめるために、自分の虚栄心と競い合うことにあるからだ。


理想の世界の有力者なら話しかけていたであろう俳優、ディレクター、デザイナーや作家たち。今や彼らは疲れで目も霞み、遠い町に借りた自分の部屋に戻ることに思いを巡らせている。
明日になれば、耐久レース ーいくつも頼み事をし、可能な限りの面会を取り付け、果てしなくスタンバイしておくー を再開しなくてはならないのだ。

現実の世界の有力者は今、部屋にこもり電子メールをチェックしている。その中で、フェスティバルのパーティーというものはいつも同じだとか、友人の方が大きな宝石を身につけていただとか不平をこぼす。競争相手が買ったばかりのヨットのユニークな装飾は、どうやって施しているのだろう?と尋ねる。

イゴールには話す相手が誰もいないし、話したくもない。勝者はひとりで立つのだ。

イゴールは、ロシアの電話会社の成功したオーナーであり社長だ。1年前、彼はマルチネスホテルで最高のスイートを予約した(この予約をすると、宿泊期間に関係なく、誰もが最低12泊分の料金を前払いする)。そして今日の午後、彼はプライベートジェットで到着し、ホテルまで車を運転し、そこで風呂に入り、ある場面に立ち会うことを願って階下に降りた。

最初、女優、俳優、ディレクターへの完璧な対応を思いつくまで、彼は悩まされた。:
「すみませんが英語は話しません。私はポーランド人です。」
または:
「フランス語はわかりません。メキシコから来ました。」

スペイン語でなんとか話そうとする人もいたので、イゴールは別の作戦を試した。彼は、(皆ジャーナリストに会いたがるので)ジャーナリストにも映画の大御所にも見えないように、ノートに数字を書き留め始めた。横には、表紙に退屈な重役たちの写真が載ったロシアの経済学誌(大抵の人はロシア語と、ポーランド語、スペイン語との見分けがつかない)を置く。

人間についての鋭い理解を誇りとするバーの常連達は、イゴールをそっとしておき、彼が新しいガールフレンドを求めてカンヌに来る大富豪の一人に違いないと考える。少なくとも、5番目の人物がテーブルについてミネラルウォーターを注文し、空席は他にもうないと断言するその頃までに、その噂は広まっている。
イゴールは、正式に「パフューム」のカテゴリーに格下げされる。

「パフューム」は女優(またはフェスティバルで呼ばれるところの「スターレット(訳注:若手女優のこと)」)が使うスラングだ。香水と同じように、簡単にブランドを変えられるが、本当の掘り出し物になってくれる可能性があるからだ。その女優が、映画業界に関係する事柄や人脈を何も得られなかった場合、フェスティバルの最後の2日間に「パフューム」は探し出される。だから当面の間、この異質な、明らかに裕福な男は待つことができる。
女優たちは、次のイベントに移って同様の古い儀式 ー飲んで、微笑み、ひたすら微笑み続けなければならず、誰のことも見ていないように装わなければならない。心臓が激しく鼓動し、時間はどんどん過ぎるー を経由するよりは、新しいボーイフレンド(後で映画のプロデューサーに転向させることができるかもしれない)と一緒にフェスティバルを去る方がいつでも最善だということを知っている。自分はまだでも、「パフューム」が招待されているお祭り騒ぎのイベントはさらに存在するのだ。

「パフューム」が言おうとしていることを、女優たちは知っている。彼らはいつでも同じことを言うからだ。だがとにかく、彼女たちは彼らを信じている振りをする。

(a)「私は君の人生を変えられないこともないんだ。」

(b)「沢山の女性があなたの立場になりたいと願う。」

(c)「君は今は若いが、何年かしたらどうなるのかな。より長期の投資について考えなければならないよ。」

(d)「私は結婚しているのだが、妻は…」(この出だし文句にはさまざまなオチがある:「…病気だ」、「…もし私が離れれば、彼女は自殺する怖れがある」、など)。

(e) 「あなたは王女で、その扱いを受けるのに価する。これまで知らなかったが、私はあなたをずっと待っていたのだ。偶然の一致など信じていないし、この関係にチャンスを与えるべきだと本当に思っている。」

それはいつも同じ古い口説き文句だ。唯一変化しうるのは、もらう贈り物の数(できれば売ることのできる宝飾品)、ヨットパーティーに招待される回数、集める名刺の数、同じ口説き文句を聞かなければならない回数。そして、同じ階層の人々と交流でき、「ビッグチャンス」が待っているかもしれないF1レースへのチケットをせしめることができるかどうか。

「パフューム」は、若手俳優たちが年配の大富豪の女性を呼ぶ言葉でもある。彼女たちは全身プラスチックとボトックスだが、少なくとも男性の大富豪よりは知的だ。彼女たちは決して時間を無駄にしない。お金だけが彼女たちの唯一の引力だと知っているので、彼女たちもフェスティバルの終盤に到着するのだ。

男性の「パフューム」は自身を欺いている。彼らは、長い脚と若々しい顔が純粋に自分に恋していて、今は自由に操作できると考えるのだ。女性の「パフューム」は、自身のダイアモンドの力に全ての信頼を置く。

イゴールはこのすべてについて何も知らない。今回彼は初めてフェスティバルに来た。たった今気付いたのだが、驚いたことに、バーに居る人々以外はここでは誰も映画に興味がないようだ。彼は数冊の雑誌にざっと目を通し、彼の会社が出した最も権威あるパーティーへの招待状の封筒を開けた。しかし映画のプレミアのためのものは1枚もない。フランスに旅行する前に彼は上映中の映画を探し出そうとしたが、その情報を得るには大変な困難が伴った。友人は言った。:

「映画の事は忘れなさい。カンヌはただのファッションショーだよ。」

 

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