白い部屋

あなたと宇宙を泳ぐ

勝者はひとり立つ:第1章 - パウロ・コエーリョのE-CARDSより

拙訳

勝者はひとり立つ:第1章
"The Winner Stands Alone" Chapter 1
2009/1/27
パウロ・コエーリョ

3月17日 午前

 ベレッタPx4コンパクトピストルは、携帯電話よりもわずかに大きく、重量は700グラム程。装弾数は10発。小さく、軽く、ポケットに入れてもはみ出さない。その小さな口径にはずば抜けた利点がある。
つまり、弾丸は被弾者の肉体を貫通せず、骨に当たるとその進路にあるもの全てを粉砕するのだ。

 その1発を受けて生き残る可能性は、明らかにかなり高い。弾丸によって重要な動脈が切断されなかったために、被弾者が発砲者の武装を解除できる時間があったという事例は数千ある。しかし、ピストルを撃つ人が熟練していれば、(両目の間、または心臓を狙うことで)手早く殺すか、(肋骨に近いところに一定の角度で銃身を当て、引き金を引くことで)ゆっくり殺すか、どちらかを選ぶことができる。被弾者は、致命傷を負ったことに気付くのにしばらく時間がかかり、その後で仕返しするか、逃げるか、助けを呼ぶかしようとする。
その大きな利点は、被弾者が殺人者の顔を見る時間があることだ。出血はほとんどなく、なぜこんなことが起きたのか完全には理解しないうち、被弾者はゆっくりと弱って地面に倒れる。

 専門家にとっては、理想の武器とかけ離れている。
「かわいらしくて軽いから、女性のハンドバッグの中に最適。阻止力はないがね」。
シリーズの第1作で英国のシークレットサービスの誰かが、古いピストルを没収し新しいモデルを手渡しながらジェームズ・ボンドにそう言った。
だが、その助言はプロにしか通用しない。今、彼の心にある目的に対し、それは完璧だった。

 追跡されないよう、彼はそのベレッタを闇市で買った。マガジンには5発あり(彼は1発しか使わないつもりだったが)、弾丸の先端には爪ヤスリで「X」と記した。そうすれば、発射され何かに命中したとき、弾丸が4片にバラける。

 彼はベレッタを最終手段としてのみ使うつもりだ。世界を消滅させ、宇宙を破壊するには他の方法もあるが、最初の犠牲者が見つかれば、おそらく彼女はそのメッセージをすぐに理解することだろう。愛の名の下で彼がそれをしたこと、腹を立てていないこと、彼女を連れ戻し、過去2年間の暮らしぶりについては何も尋ねないことを彼女はわかっているだろう。

 6ヶ月かけて注意深く立てた計画が結果を生むことを彼は願っている。だが、確かなことは明日の朝までわからない。
その青と白の風景は、ダイアモンド、ボトックス治療、二人しか乗れないせいで誰の役にも立たない高速車でいっぱいだ。そこにギリシャ神話の古代の生き物フューリズ(訳注:復讐の女神)を、その黒い翼で降り立たせる。それが彼の計画だ。
彼がもたらす小さな人工物は、権力、成功、名声、お金の夢全部に一瞬で風穴を開けるかもしれない。

 彼が立ち会おうとしてそのために待機していた出来事は午後11時11分に起きたので、部屋に引き上げておくこともできた。だが、さらに長い間でも彼は待つつもりだった。
 男と美しい同伴者(二人とも夜会服を身につけている)が到着した。主要な夕食の後に毎晩開かれる別のガライベントに出席するためだ。そのような華やかなイベントは、フェスティバルのいかなるプレミアよりも多くの人々を魅了するのだ。

 イゴールはその女性に気付かないフリをした。
 彼はフランス語新聞の後ろに顔を隠していたので(ロシア語の新聞なら疑惑を招いていた)、彼女の方では彼を見なかっただろう。彼女は不必要に警戒して、(つまり、自分を世界の女王のように感じている女性たちがやるように)他の人を見ることがなかった。そのような女性は輝くためにそこにいる。だから他人の装いを見ることを常に避けるのだ。たとえ自分の服とアクセサリーに大金を費やしていようとも、誰か他の人がたくさんのダイアモンドをつけていたり特別高級な服を身につけていたりしているのを見ると、彼女たちは落ち込んだり不機嫌になったり劣等感を持つ可能性がある。それを怖れているからだ。

 優雅な銀髪をした彼女の同伴者はバーに行く。新しい交流、良い音楽、ビーチ、港に停泊するヨットの見事な眺め。それらが約束された夜を楽しむため、彼はシャンパンと食前酒を注文する。

 彼は飲み物を持って来たウェイトレスにお礼を言い高額のチップを渡すのを見て、
イゴールはその男が非常に礼儀正しいことに気がついた。

 3人はお互いを知っていた。血中にアドレナリンが混ざり始めるとイゴールは幸福の大きな波を感じた。翌日になれば、彼女はイゴールがそこに存在したことに完全に気付き、ある時彼らは顔を合わせるだろう。

 その会で何が起きるかは神だけが知っていた。
イゴールは正統派のカトリック教徒だ。モスクワの教会で聖マリア・マグダレンの遺物(それは1週間ロシアの首都にあったので信者はそれらを礼拝できた)の前で契約し誓いを立てた。5時間近く列に並び彼がついにそれを見たとき、全ては祭司が創作したものだと彼は確信した。だが自分の言葉を破る危険を冒したくなかったので、彼は聖女の加護を求め、あまり犠牲を捧げずして目的が果たされますように、と助けを求めた。彼はさらなる契約もした。全てが終わり最後に故郷に戻ることができたなら、ノボシビルスク修道院で暮らす有名なアーティストに金の聖像を作ってもらうよう依頼します、と。

 午前3時、マルチネスホテルのバーにはタバコと汗の臭いが漂う。その時までにジミー(いつも違う色の靴を履いている)がピアノを弾き終わり、ウェイトレスは疲れ果てている。だがそこにいる人たちはまだ帰るのを拒む。彼らは少なくとももう1時間、できれば一晩中でもそのロビーにとどまりたいのだ。何かが起こるまで!

 カンヌ映画祭に来てからもう4日経つのに、まだ何も起こっていない。各テーブルのゲストが興味をもっているのはひとつだけ。それは権力者と会うことだ。美しい女性たちは、彼女たちに恋して次の映画で重要な役を与えてくれるプロデューサーを待っている。俳優は仲間同士で談笑し、ビジネスに全く無関心なフリはしているものの、扉の方に常に注意を向けている。

 誰かが到着しそうだ。誰かが到着するにちがいない。
アイディアがいっぱいあり、大学で作ったビデオを羅列した履歴書を持ち、写真と脚本についてならこれまで書かれた本は全部読んでいるというような若いディレクターたち。彼らは突然の幸運を狙っている。つまりそれはパーティーから戻ったばかりの誰かに出会うこと。その男は空いたテーブルを探していて、そこでコーヒーを注文し、タバコに火をつける。ずっと変化のない古い場所に行くのに疲れていて、新しい冒険をする頃だと感じている。そんな誰かに出会えるかもしれない。

 なんてうぶなんだろう!

 もしそんなことが起こるとすれば、そういった人物が一番聞きたいことは、使い古したテーマの「本当に新鮮な見方」だ。しかし、絶望は絶望的な人を裏切ることができる。権力を持つ人々は時折入場はするが、周りをちらりと見るだけで部屋に上がる。彼らはなにも心配しない。彼らはなにも怖れない。スーパークラスは裏切りを許さず、彼らの弱みを知っている。だから、伝説がなんと言おうとも、彼らは他人を踏みつけにすることによって今いる場所を獲得したのではない。
または別の言い方をするなら、映画や音楽、ファッションの世界で重要な新しい発見があるのならば、それはたくさんの研究の後にだけ現れるのであって、ホテルのバーから現れるのではない。

 今、スーパークラスは女の子とセックスしている。招待無しでなんとか忍び込み、何かのゲームをしている女の子と。彼女は化粧を落とし、顔に刻まれた皺を調べ、そろそろ新しい整形手術をする頃だと考えている。彼女はオンラインニュースを見る。その日の早い時間に自分がした告知が、メディアに取り上げられたかどうか見るために。彼女はお決まりの睡眠薬を飲み、簡単にやせられるお茶を飲んでいる。彼女は朝食のルームサービスのためにメニューのチェックボックスに印を付け、「邪魔しないで下さい」という標示札と一緒にそれをドアノブに掛ける。スーパークラスは目を閉じて考える。「早く眠りたい。明日は10時に会議があるのだ。」

 

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