白い部屋

あなたと宇宙を泳ぐ

なぜ私はあまりインタビューを受けないのか - パウロ・コエーリョのE-CARDSより

拙訳

なぜ私はあまりインタビューを受けないのか
2013/6/12
パウロ・コエーリョ

お気づきかもしれないが、最新の本「MANUSCRIPT FOUND IN ACCRA(アクラで見つかった手稿)」を含み、新しい本の発売に関するインタビューを私はしばらく受けていない。これは記者に対する驕りや軽視のためでは決してない。
書店や読者に並んで、彼らは私の成功に大いに貢献している。

それならなぜ私がインタビューを控えることにしたのか?(私が感謝の絆を結ぶ一定の友人を除いて)。
いくつか理由がある。

1ー 最近はソーシャルネットワークで直接読者に触れることができる。「これが私の新しい本です。読んでみて良かったら推薦して下さい。」と言って。
そのためメディアを使った本の宣伝のアイディアは余分になりる。私はツイッターフェースブック、インスタグラム、G+(ポルトガル語のみ)に参加している。

2ー書いたものを説明するべきという考えに、私はいつも抵抗してきた。文章は十分に明確なはずだと私は信じている。

3−私の時代に花開いた報道の文化的部分は、年とともに消えていった。

4−上記のおかげで、私が対処するのに少しも耐えられない質問が発生する。たとえば「あなたの成功を説明出来ますか?」とか「何にお金を使いますか?」というような。これらは創造の過程になんら関係ないからだ。

これは私が「決して」インタビューを受けないという意味では絶対にない。
私が重要と判断した主題に出会ったとき、私は常にそれについて私の意見を述べる。例として、ウェブ上のオープンコンテンツを守るため(私はあなたが私の作品を海賊版にするのを喜びます)、私はいつでも応対できる。

同じことが、私が関連性を見つけた作家を宣伝する時にも起こる。 例として、ハリール・ジブランがいる。彼は私が若い時代に啓発された作家だ。

政治的、文化的分野で一定の暴虐を見る時には、私が意見を控えることは決してない。イラクの戦争に対する私の手紙「ありがとう、ブッシュ大統領」は世界中の5億人の人に読まれた。

その上、トニー・ブレアがリオ・オリンピックの「カウンセラー」として招かれた時、私は直ちに自分の考えを明言し、やっとのことで彼の出席を妨げた。

あなたが私を理解してくれることを願っている。私が大声で、そして良い調子で、話す必要がある時には私は黙っていない。さらにその上、私がこの頃表現する必要があると感じるものは、本や私が管理するソーシャルネットワークの中にある。

原文:http://paulocoelhoblog.com/?s=interview